新潟家庭裁判所佐渡支部 平成7年(日記)317号 審判 1996年1月17日
申立人 細川留造
主文
本件申立てを却下する。
理由
第1本件申立ての趣旨
当庁平成6年(家イ)第16号遺産分割調停事件につき、調停期日の指定を求める。
第2本件申立ての理由の要旨
本件申立ての理由は、別紙のとおりであり、その要旨は、「当庁平成6年(家イ)第16号遺産分割調停事件(以下、「本件調停事件」という。)では、申立人と、相手方細川ユミ(申立人の母、以下、「相手方ユミ」という。)及び相手方細川太郎(申立人の兄)との間において、被相続人細川金吾(申立人の父、昭和54年12月5日死亡)の遺産の分割につき、平成6年9月21日の調停期日において、別紙のとおり合意により調停が成立した(以下、「本件調停」という。)が、右調停における申立人の意思表示については、<1>調停の前提となった遺産が過小評価されており、そのことに申立人は気付かなかったこと、<2>分割方法のうち、相手方ユミが不動産を取得しないということに申立人が異議を述べたところ、調停委員にせかされたため、十分検討する余裕のないまま同意せざるを得なかったこと、また、<3>分割方法につき、申立人は不動産の取得をも希望したが、登記手続費用が高額になると説明を受け、実際の登記手続費用はさほどではないのに、高額であると誤信して不動産の取得を断念せざるを得なかったこと、<4>調停においては、法律上、遺言書の内容を尊重してもらえないと誤信していたため法定相続分だけで満足してしまったことを理由に、錯誤により無効であるから、本件調停事件について調停期日の指定を求める。」というものである。
第3当裁判所の判断
1 本来、遺産分割調停の無効確認は、その旨の確認訴訟においてなすべきであり、右訴訟における証拠調べによって真偽を確定すべきである。しかし、遺産分割調停後に調停期日指定の申立てを行うことも、それ自体が直ちに不適法とはいえず、家庭裁判所の家事審判官も、調停期日の指定をなすか否かの判断の前提として意思表示の錯誤等の事実の有無の調査及び判断をなしうると解する。
以下、順次検討する。
2 遺産評価についての錯誤の有無
(一) 本件調停においては、遺産総額を3000万円とした上で、法定相続分に応じ、申立人の取得する代償金額を1000万円としたものである。
右の算定根拠については、本件調停事件の記録によれば、新潟県佐渡郡○○村長が証明した平成6年度の土地課税台帳及び家屋課税台帳の登録内容(固定資産税評価額)にもとづき、<1>遺産中の土地の評価額を2110万2999円、<2>家屋の評価額を1358円、合計2110万4357円とし、更に、<3>相続開始後にも遺産の一部を引き続き学校用地として賃貸した結果相手方ユミが受領していた賃料があることからその分も考慮加算し、遺産総額として<1>ないし<3>を合計し一応3000万円としたことが認められる。
(二) 確かに、申立人が本件期日指定申立てにおいて提出した相続税算定のための財産評価基準書(関東信越国税局発行)における評価倍率表にもとづいて本件遺産中の土地を算定すると2380万4644円となり、客観的な土地評価額は更にこれを若干上回ることも可能性としてはありうるといえる(なお、申立人が本件期日指定申立てにおいて提出した○○○○作成の報告書は、学校用地をも宅地と同等に評価している点や、宅地の単価についての比準地からの減額率について必ずしも合理的な根拠が示されていない点において客観性に疑問がある。)。更に、本件調停事件においては未登記建物が遺産評価の対象から外れており、これも被相続人細川金吾の遺産に含まれるものと仮定し、その評価額578万2267円を加え、更に、前記<3>の相手方ユミが既に受領していた借地料の額を581万3691円としてより正確に計算すると、遺産総額は3500万を超える可能性もないではない(もっとも、右の未登記建物は相手方細川太郎名義で登録されているので被相続人細川金吾の遺産とはいえない可能性もあるし、逆に、申立人が主張するように相手方ユミが受領した借地料の額については必ずしも正確ではない。また、相手方ユミの受領した借地料を遺産に含めるのであれば、申立人が既に受領した借地料相当額も同様に遺産に含めるべきである。)。
(三) しかしながら、遺産総額を3000万円とすることについて、申立人は、本件調停事件の申立て及び第1回調停期日(平成6年8月17日)において積極的に認めていたこと、第2回調停期日(同年9月21日、調停成立日)前には遺産総額が3000万円を遥かに超える可能性があることを示唆してきた(平成6年9月16日受付の葉書)上で、第2回調停期日において、実際の遺産評価は3000万円を相当超えるが、一括の支払いであれば譲歩する旨を述べたこと、その結果当事者間に合意が成立したことが認められる。
してみると、申立人は、遺産総額が3000万円を遥かに超える可能性のあることを認識した上で、遺産総額を3000万円とした本件調停に応じたものと認めることができ、遺産評価に関し申立人に錯誤があったとはいえないというべきである。
3 分割方法や遺言書等に関する錯誤の有無
(一) 本件調停事件の記録及び期日指定申立てにおいて調査した資料を検討すると、申立人は、本件調停事件の申立書の「申立ての趣旨」や「申立ての実情」において、当初から法定相続分として1000万円の現金を希望し、第1回調停期日においても同様の主張を繰り返したこと、第2回調停期日においても金額の一括支払いを第一に要求し、それが叶わないのであれば土地の分割を要求するというものであったこと、相手方らは1000万円の支払いに難色を示したが、早期全面解決のためにこれに応じたこと、また、相手方ユミが不動産を取得しないことに申立人が不満の意を表したものの、相手方ユミの説得によって合意に至ったこと、最後に家事審判官が当事者双方の意思確認を行った際、申立人からはなんら異議が出なかったこと、本件調停の内容は申立人の申立ての趣旨とほぼ一致することが認められる。
(二) 以上の本件調停事件における経過や本件調停の内容に照らすと、相手方ユミが不動産を取得しないことを申立人が了解したのは相手方ユミの説得によるものであり、調停委員らの説得や誘導によるものではないといえるし、申立人自身が不動産の取得を断念したのも、結局は、本件調停事件の申立ての当初からの自らの意思によるものといえる。また、当初より遺言書の内容を尊重するよう求めなかった理由は、申立人自身が弁明するように、申立人と相手方らとの過去の争いの経緯から、調停においては相手方の同意が得られそうもないと判断し、調停による解決を図るために主張しなかったというものであり、調停においては法律上遺言書の内容を主張しえないと誤解した結果ではないといえる。
したがって、本件調停の分割方法の点や遺言書に関する点について、申立人の意思表示に錯誤があったということはできない。
(三) 他に、本件調停に関し、申立人の意思表示に錯誤があったと認める事情はない。
4 以上により、本件調停における申立人の意思表示に錯誤があったとはいえず、また、本件調停の内容にも不相当な点は見うけられない。したがって、本件調停事件は調停成立によって終了したものと認める。
よって、主文のとおり審判する。
(家事審判官 小西義博)
別紙 期日指定申立書<省略>